日本海員掖済会塩釜病院事件と就労請求権

(仙台地決昭60.2.5)

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病院が勤務医に自宅待機を命じ、

同人からの就労要求を拒否していることは、

認められるのでしょうか。

【事件の概要】


Yは、船員及びその家族並びに遺族に対する掖済援護事業を行うことを目的として設立された社団法人です。

Xは、昭和46年9月Yに医師として雇用され、

以後、Yの経営する社団法人日本海員掖済会塩釜病院に勤務していました。

Yは、昭和58年12月21日、Xが多くの上司、同僚の勤務医に対し、

塩釜病院の退職を余儀なくさせる言動をとるなど著しく協調性を欠き、

これがために同病院の勤務医の補充が事実上困難となり、

塩釜病院の経営自体が危殆に瀕していることを理由として、

Xを解雇しました。

これに対し、Xは、同年12月24日、右解雇の無効を理由に、

当裁判所に地位保全、賃金仮払いの仮処分を申請し、

翌59年3月26日これを認容する仮処分決定を得ました。

Yは、右仮処分決定がなされた同じ日付で、Xに対し、

自宅待機を命ずる旨通知し、

Xからの再三にわたる塩釜病院での就労要求を拒否しています。

そこで、Xは、「YはXが社団法人日本海員掖済会塩釜病院において就労することを妨害してはならない。」との裁判を求めて争いました。

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【判決の概要】


ところで、本件仮処分申請における被保全権利に関して、

Xは、YがXに対してなした前記解雇処分は無効なものであり、

X・Y間の雇用契約は現在も存続しているから、

XはYに対し右雇用契約に基づき塩釜病院で現実に就労させることを求め得る権利(就労請求権)がある旨主張します。

そこでまず、その主張する就労請求権の存否に関する判断をするに先立って、

その主張する就労の妨害排除を仮処分において認める必要性があるかどうかについて検討します。

もともと仮の地位を定める仮処分とは本案の請求権自体の満足を図ることを目的とするものではなく、

あくまでも有効無効をめぐる争いのある権利関係について生じている急迫な危険を防止するために債権者に暫定的な措置を簡易迅速に講じようとするものであることはいうまでもありません。

このことは労働仮処分についても同様です。

仮の地位を定める労働仮処分もまた仮の救済制度です。

仮の救済制度であるということは、

決して本案の請求権による強制執行の先取りを目的とするものではなく、

本案の解決に至るまでの間の必要な暫定的な処置を定めるということです。

労働者の収入の全額又はその大部分は賃金です。

したがつて、これを得られなくなれば労働者は直ちに生活に困窮するのが通常です。

解雇されたために収入の道を失い、

生活の維持が困難となつた労働者に最低限度の必要な救済を仮に認めることとしているのが労働仮処分です。

したがって、不当解雇を理由に従前の雇用契約上の権利の保全を目的とする仮処分において、

本件のように、賃金の仮払いに加え、

さらに進んで従前の職場での就労までを認める必要性は特段の事情のない限り肯定することができないものといわなければなりません(Xの申請した賃金仮払いの仮処分が既に認容されていることは前記のとおりである。)。

この点につきXは、「医師は、日々の医療の現場で患者に接し、医療行為を継続していくなかで医療技術を維持、研鑚し、修練を積んでいくもので、その診断、治療における判断力及び決断力には、微妙かつ高度なものが要請され、それは、日々患者に接することによって鍛錬され、一種の「職業的勘」にまで高められて、はじめて的確な診断、治療が可能になる」旨主張し、

医師が長期間医療職場に就労できない場合の不利益として、

①診断、治療に要請される高度な判断力、決断力が急速に失われ、医療技術が低下する。

②日々進歩する新しい診断技術、治療技術を習得し、技術向上をはかる機会が失われ、一般水準と同等の技術水準を維持することが不可能となる。

③長期間医師としての業務を行つていないことによつて医師としての社会的信用、評価が低下する。

④職歴上及び昇給昇格等待遇上の不利益をもたらす。

⑤長期間の不就労は場合によつては医療行為に携わること自体を不可能にし事実上医師資格喪失と同様の結果をもたらすとの各点をあげ、

就労の必要性があることを強調しています。

しかし、Xにおいて予想されるとする右不利益を仮に肯定することができたとしても、

前記仮処分の制度の趣旨に照らしてみれば、

これをもって直ちにその就労を保全する必要性を認めるだけの特段の事情があるということはできないばかりか、

右のような不利益自体、

Xの他病院等での臨時就労又は自己研鑚及び職場復帰後の研修等でかなりの程度まで回復することができるとみられるものであるのです。

したがって、本件仮処分の必要性についXの主張、

疎明は不十分なものといわざるをえません。

以上のとおり、Xの本件申請は保全の必要性についての疎明がなく、

保証を立てさせて疎明にかえることも相当でないから、

その余の点について判断するまでもなく本件申請を却下します。

【関連判例】


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