日本鋼管(賃金減額)事件と労働条件の不利益変更

(横浜地判平12.7.17)

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労働組合員の労働条件を不利益に変更する労働協約は、

認められないのでしょうか。

【事件の概要】


Yは、鉄鋼の製造販売等を業とする会社です。

Yの従業員でA組合の組合員であったXら19名は、

Yでは55歳定年を順次60歳に延長することを内容とする「定年延長と従業員管理制度の改定」提案が既にA組合との間で妥結・調印後、

実施されていたところ、60歳定年制が確立した翌年に、

YがA組合に対し、

社員、役職、賃金、社外派遣等Y会社の従業員に関する各種制度の改訂を内容とする従業員管理諸制度の改訂案を提案し、

A組合の中央委員会において会社提案を一部修正した内容で協定を締結する旨の全会一致の決定に基づき、

AとY間で賃金制度に関する協定書が締結され、

(1)基本給については、本給における考課昇給制度の廃止・60歳までの一貫昇級制度への改訂、

(2)仕事給の見直し及び業績、能力の適正な処遇の観点からの各項目の見直しがなされ、

その結果として、新制度のモデル賃金は、

54歳までは旧制度よりも高くなるものの、

55歳以降は、逆に旧制度よりも低くなるというものであったことから、

労使交渉の結果、経過措置が講じられ、

また昇格の上限が従来の50歳から54歳まで引上げられたが、

右協定により不利益を受ける(55歳以上の組合員の賃金が3万円減額されること等)として、

旧制度に基づく賃金を受ける地位にあることの確認、

本件協定は法令等に違反し、不合理であるがゆえに無効であり、

また、規範的効力は生じていない等として、

差額賃金の支払を求めて争いました。

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【判決の概要】


本件改訂は、総賃金財源を一定としたまま、

若年・中堅層の賃金を上昇させると共に、

高年層の賃金を減少させるものであり、

一部の組合員には不利になるものの一部の組合員には有利になるのであって、

およそすべての労働者に不利益を与えるものではないこと、

右一15によれば、

54歳から55歳になったときに減額される賃金は約2万6000円ないし約3万3000円程度であることが認められ、

全体の賃金額に対して多額であるとは必ずしもいえないこと、

本件改訂時において、

55歳以上の賃金を切り下げるという賃金体系を採用している企業は多いとまではいえないが稀であるともいい難いことを考え併せれば、

本件改訂による55歳以上の社員の賃金の減額は不合理なものということができず、

憲法上の平等原則に反しているとはいえません。〔中略〕

本件協定は、55歳以上の社員の賃金を減額するものではあるが、

年功賃金制を能力主義も加味した制度に変更することは不合理ではなく、

その結果55歳以上の者の賃金が減額されるとしてもその額が多額とまではいえないこと、

55歳ないし59歳の組合員の賃金が旧賃金制度による賃金よりも3万円減額されると仮定した場合でも、

右1に説示したようにYにおける55歳ないし59歳の組合員の平均基準内賃金額から3万円を差し引いた額は公刊物に掲載された生計費等の額を上回っているのであるから、

右の基準内賃金額が税金や社会保障費等を含んだ額であるとしても組合員に苛酷な結果をもたらすとまではいえないことからすれば、

Yと組合との間で締結された本件協定自体が公序良俗ないし信義則に反するもので無効であるとはいえません。〔中略〕

右認定の判断のとおり、本件改訂は55歳以上の者の賃金を減額するものではあるが、

減額される金額が大きいとはいえず、

経過措置も存在する点で本件改訂による新制度が55歳以上の者にとって苛酷であるとまではいえないこと、

若年・中堅層の待遇の改善という目的に則り、

それによる成果が見込まれると認められることからして本件協約を全体としてみた場合に不合理であるとか、

55歳以上の組合員をことさら不利に扱うことを目的として締結されたものとは言い難いこと、

本件改訂に至る手続が組合規約に則ったものであるとともに、

組合員の意見を全く聞かずに一方的に進められたとまではいえず、

本件改訂による不利益との関係で組合員の意見を適切に考慮せずに締結されたものとは評価できないことを考え併せると、

本件改訂は組合の目的を逸脱して締結されたものとはいい難く、

本件協定には規範的効力が生じると解すべきです。

【関連判例】


「朝日火災海上保険(高田)事件と労働協約の非組合員への拡張適用」
「中根製作所事件と労働協約による賃金減額」
「鞆鉄道事件と労働協約による賃金減額」
「中央建設国民健康保険組合事件と労働協約による退職金の減額」