東京女子醫科大学事件と退職強要

(東京地判平15.7.15)

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使用者が退職勧奨の域を越えて、

労働者に退職を強要することは、許されるのでしょうか。

【事件の概要】


Xは、Y1大学において昭和50年に脳神経外科の助教授に昇任した後、

退職するまで25年間助教授を務めました。

昭和63年と平成4年にY1大学脳神経外科の主任教授選考が実施され、

Xは、いずれにも応募したが選考から外れました。

平成10年の主任教授選考は全国公募とされ、

XやY2教授を含む5名が立候補し、

選考委員会はそのうち3名を主任教授会に推薦することとし、

業績選考および面接選考が行われたが、

Xは、業績評価・面接評価・総合評価ともにいずれも5名中4位の評価であり、

最終候補者に残ることはできず、Y2教授が主任教授に就任しました。

また、平成10年11月から翌年にかけては、

大学付属病院脳神経外科部長(教授)選考が行われ、

Xを含む4名が立候補したが、Xは選から漏れました。

Y2教授は、平成10年10月、主任教授に就任してすぐの脳神経外科職員会議において、

スタッフの大改造を考えており、

定年までとどまる必要はないから自覚のある者は身の振り方を考えるべきとする旨の書面を配布し、

Xはこの文書の対象は自分のことだと認識しました。

Y2教授は、Xの同じ出身大学の1年後輩に当たり、

Xと一緒に仕事をしていくのはかなりつらいという思いを持っていました。

同年12月の医局忘年会でも、Y2教授は、

スタッフの中にお荷物的存在の者がいるので死に体で教室に残り生き恥をさらすより英断を願うという内容の書面を配布し、

同様の趣旨のスピーチも行いました。

Xは、この文書の対象者は自分であると感じ、

学長やその他の教授もこの文書を読んで対象者はXであると察し、

学長は後日、Y2教授に対して注意をしました。

その2日後の定例職員会議では、Y2教授がXを批判する発言を行い、

XとY2教授の口論となりました。

Xは、平成12年4月3日、Y1大学学長に対して、

職場ハラスメントを退職理由として、

同年5月末付で退職する旨の退職届を提出しました。

学長や他の教授はこれを慰留したが,結局Xは辞職するに至りました。

そこで、Xは、Yらに対して、

退職強要行為により退職を余儀なくされて損害を受けたと主張して、

債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求等を求めて争いました。

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【判決の概要】


前記認定事実のとおり、Y2は、

平成10年10月22日の脳神経外科の職員会議における書面配布により、

Xを名指ししないものの、

研究費を集めることができる人等の要件に該当しないスタッフは、

定年までとどまる必要はなく、

退職をすべきであると記載することにより、

X自身が自らのことを指していると認識できるような態様の文書を配布しました。

さらに、Y2は、同年12月15日の忘年会における配布文書において、

やはりXの名指しは避けたものの、

Xはもちろん、E学長やJ教授にも対象者はXであると認識できる内容の退職勧奨文書を配布し、

同内容の挨拶を多くのY1大学脳神経外科関係者の前で行いました。

その内容は、スタッフの中には、学会にも出席せず、

研究もせず、手術症例もほとんどないお荷物的存在がいること、

死に体でこれ以上教室に残り生き恥をさらすというような侮辱的な表現を用いたものでした。

さらに、同月17日のY1大学脳神経センター医局室におけるY2とXとの口論の中で、

医局メンバー等衆人環視の下で、Xに対し、

勤務ぶりをなじったり、23年間も助教授をして教授にもなれないのはだめであるという趣旨の発言をして早期に辞職すべきであるという趣旨の発言をしたものです。

Y2は、上記文書及び挨拶は、Xのみを指したものではなく、

医局の他のスタッフも対象者であると供述する(乙29,Y2本人)が、

前記認定のとおり、忘年会で配布した文書については、

Xのみらず、E学長やJ教授もこの文書の該当者はXであると認識したのであるし、

前記認定事実のとおり、Y2はXが定年まで勤務すれば、

お互いにかなりつらい立場になるので、

早く退職してほしいという心情を有していたことに照らせば、

これらはXを対象とした文書であり、

Y2は、X及び関係者にそう認識されることを承知した上で上記行動をとったものと認めるのが相当です。

Y2は,Y1大学の脳神経外科の主任教授であり、

Xは同教室の助教授であるから、Y2が、

Xの勤務ぶりについて問題点を指摘し、

指揮監督を行うこと自体は、違法行為であるとはいえないし、

上司として、その組織のために部下の退職勧奨をすることも、

それ自体としては許容され得るといわなければなりません。

しかし、本件認定のY2の行為は、

古くからの知己も含む衆人環視の下で、

誰にでも認識できるような状況下で、

ことさらに侮辱的な表現を用いてXの名誉を毀損する態様の行為であって、

許容される限界を逸脱したものです。

また、同月17日のY1大学脳神経センター医局室におけるY2とXとのやり取りは、

前記認定事実のとおり、売り言葉に買い言葉の口論の中で、

相互の攻撃も含むものであったと認められるが、

Y2は、Xにとって上司の立場にあることを考えれば、

助教授からの降格をにおわせたり、

ことさらに名誉を毀損する態様の行動は違法な行為であると評価せざるを得ません。

そして、以上のY2の行為は、

Xに対して精神的苦痛を与えるだけでなく、

Xの医師としての、又は教育者としての評価を下げ得るものであって、

多大な損害を与え得る違法性の高い行為です。

そこで、以上の行為について、

Y2は、Xに対し、不法行為による損害賠償義務を負うという結論になります。

Y2の行為によるY1大学の民法715条の責任について検討します。

同条の責任は、被用者の当該行為が外観上職務執行と同一な外形を有する行為であるか又は事業の執行行為を契機とし、

これと密接な関連を有すると認められる行為である場合には、

事業の執行につき第三者に損害を加えたものと解するのが相当です。

そうすると、Y2の行為を見れば、

Xの上司として、部下であるXの行為の問題点を指摘して指導監督し、

脳神経外科教室のためにXの退職を勧奨するものであるから、

少なくともその外観上、

職務執行と同一な外形を有する行為であるといわなければなりません。

したがって、Y1大学は、Y2の行為について、

民法715条により、Y2と連帯して損害賠償責任を負う立場になります。

【関連判例】


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